研究紹介

私は国際公法の専任教員として大学に務めており、国際法の中でも国際刑事法を主要な研究対象分野としております。ただし、国際刑事法といっても多義的で、また国際刑事法の規律対象である国際犯罪の概念も多様化、複雑化しています。

そもそも、国際刑事法とは何でしょうか?広義に国際刑事法といった場合、第一に、国際分野を規律する国内刑事法の法規則が含まれます。第二に、刑事分野を規律する国際法が含まれます。そして、これらの国際刑事法の国内法規範と国際法規範は独立に存在するわけではなく、国際刑事法は「内国刑法と国際法が相互に交錯し調整し合う法分野」ととらえられます。(山本草二『国際刑事法』(三省堂、1991年)iページ参照)

そして、国際犯罪も多義的です。国際犯罪は大きく①外国性をもつ犯罪(国際的関連を有する国内犯罪)、②国際法上の犯罪に分類され、さらに、②の国際法上の犯罪は(1)諸国の共通利益を害する犯罪と(2)国際法違反の犯罪とに分類されます。(山本草二『国際刑事法』(三省堂、1991年)3ページ、太寿堂鼎「国際犯罪の概念と国際法の立場」ジュリスト720号(1980年7月1日)68ページ)(1)の諸国の共通利益を害する犯罪は、犯罪の構成要件が国際法(すなわち条約及び/又は慣習国際法)で定められている点で(2)と同じ特徴を持ち国際法上の犯罪に分類されます。他方で、(1)の犯罪は、その犯罪人の訴追・処罰について各国にゆだねられ、国家が国際法上の義務を受容して制定した内国刑法の規定に基づき個人の刑事責任が問われる国際犯罪です。(1)の諸国の共通利益を害する犯罪に分類される国際犯罪としては、具体的に、海賊行為、奴隷売買、麻薬取引、海底電線の破壊・損傷行為、およびハイジャックなどの航空犯罪が挙げられます。これに対して、(2)の国際法違反の犯罪とは、犯罪者である個人が国際法に基づいて直接に義務を負い其の違反について刑事責任を科される犯罪であるということができます。(2)の大きな特徴は国際組織を創設することで個人を国際法に基づいて訴追・処罰する仕組みが予定されている点にあるでしょう。国際法上、狭義の国際犯罪は(2)の国際犯罪を指します。この類型の国際犯罪には、ニュルンベルク裁判・東京裁判が先例となり、平和に対する罪、人道に対する罪、戦争犯罪、集団殺害罪(ジェノサイド)が挙げられます。この類型の国際犯罪は、冷戦後に国際連合安全保障理事会によって設置された臨時の国際刑事法廷や条約で設置された常設国際刑事裁判所の登場に伴い、その性質を一層他の国際犯罪と区別すべきものへと変化させていきました。しかしながら、常設の国際刑事裁判所は国内刑事管轄権に対して優越的管轄権を持たず、国内の刑事管轄権を補完するという立場(補完性の原則)を採用しています。とすると、結局のところ、(2)の国際犯罪といえども、純粋に(2)の性質のみをもつわけではなく往々にして国内の裁判所の管轄による訴追・処罰も想定されているといえます。

国際犯罪対策のための国内法と国際法の役割分担及び重複的規律の傾向は、条約(国際法)で設置された常設的な国際刑事裁判所が補完性原則(国際刑事裁判所規程前文に謳われているように「国際刑事裁判所が国家の刑事裁判権を補完するものである」という原則)を採用したことにより、今日、一層強くなっていると感じられます。無論、国際法が国内法秩序に影響を与えるという現象は国際刑事法に限られたことではありませんが、国際刑事法と呼ばれる法分野の大きな特徴に国際犯罪を撲滅するという目的の下、国際法規範と国内法規範、国際管轄権と国内管轄権が相互に連携・調整する必要があるということが挙げられるように思います。

現在の私の研究関心は主に国際刑事法であり、中でも世界政府を欠く国際社会がいかに国際刑事司法による正義を実現していくか、検察官の裁量の視点などからの研究を進めております。ただ、修士論文では国際法上の個人の刑事責任に関する諸問題を明らかにしようと、上官命令の抗弁(上官の命令に従って犯罪行為を行ったのだという部下の抗弁)と上官責任(日本人の山下奉文が彼の部下の行為を軍事司令官として知るべきであったという上官責任で戦後、軍事裁判にかけられたことで有名)の関係が国際刑事法上どのように発展したかを研究しました。博士論文では、上官命令の抗弁を国際刑事法上の義務と捉えた場合に、それと対応する国際人権法上の個人の権利があるのではないのか、という意識の下、国際人権法上また国際難民法上、良心的兵役拒否はどのように取り扱われているかということを研究しました。

国際刑事司法は国家規模の犯罪を行った個人についてまで国際法上の責任を追及することにより、国際社会に対する法の支配を徹底します。この国際社会を法によって支配するという考え方は、国際紛争の解決手段としての武力行使を放棄した日本にとって共感するところの多い考え方でしょう。国際刑事司法の実効性・信頼性を高め、国際刑事司法をより良いものとすることは日本にとっても国際社会にとっても重要な課題です。

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© Hitomi Takemura