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国際刑事裁判所の動向

2019/04/17

最近では、海外の研究者たちが国際刑事裁判所の動向を、裁判所からの決定の出されたその日のうちにツイッターやブログで紹介し、国際法の視点からの分析までもがなされるようになっている。国際刑事裁判所のニュースを即時に紹介することは難しいけれども、ここではそうした動向を踏まえ、いくつかのニュースをかいつまんで紹介したい。

スーダン

2019年4月11日、スーダンの軍がスーダンのアル・バシール大統領の身柄を拘束し、大統領の地位の解任を発表した。スーダンは、国際刑事裁判所規程の締約国ではない(非締約国である)ものの、国際連合(国連)の安全保障理事会(安保理)がスーダンの事態を国際刑事裁判所へ付託した結果、スーダンの現職大統領であったアル・バシール大統領に対して国際刑事裁判所から逮捕状が出ていた。しかしながら、自国内はもちろんのこと、国際法上、現職国家元首の有する特権・免除との関係で、アル・バシール前大統領は長らく身柄を拘束されずにおり、引渡しを拒否する国際刑事裁判所規程締約国の協力義務違反が問題視されてきた。2019年4月8日には、国際刑事裁判所の上訴裁判部が、アル・バシール大統領の逮捕に関係して、規程締約国ヨルダンの非協力について、2019年5月6日朝9時半に上訴決定を下すことを予告したばかりであった。今般、スーダンの軍が逮捕したアル・バシール前大統領を、スーダンが国際刑事裁判所へ引渡すかどうかが注目されているけれども、軍事評議会は、前大統領の引渡しをせず自国で裁くと発表した旨報道されている。

フィリピンとマレーシア

フィリピンは2011年に国際刑事裁判所規程を批准し、締約国となっていた。しかし、フィリピンは2018年3月に国際刑事裁判所規程からの脱退通告を行い、その1年後である2019年3月17日に脱退通告が効力を発し、フィリピンは国際刑事裁判所規程の非締約国となった。マレーシアは、2019年3月4日、国際刑事裁判所規程への加入書を国連事務総長に寄託した。規程第126条2項にしたがって、マレーシアについては2019年6月1日に国際刑事裁判所規程が効力を生じ、規程締約国となると考えられていた。しかし、マレーシアのマハティール首相は、2019年4月5日政治的な混乱などを理由として、6月までであれば撤回ができるとし、国際刑事裁判所規程に加入しない旨、発表している。

アフガニスタン

アフガニスタンは、2003年5月1日から国際刑事裁判所の締約国となっており、国際刑事裁判所はその領土で又はその国民の行った2003年5月1日以降の犯罪について管轄権を有する。国際刑事裁判所は、そうした締約国の犯罪に対して、規程第13条にしたがって、①締約国が締約国(他締約国又は自国の事態どちらでも良いと解釈されている)で行われた犯罪の事態を検察官に付託する場合、②国連憲章第7章の下で行動する安保理が締約国又は非締約国で行われた犯罪の事態を検察官に付託する場合、③検察官が締約国で行われた犯罪の事態を自発的に(自己の発意により)捜査しようとする場合に、管轄権を行使する(裁判を行う)ことができる。

アフガニスタンで行われた犯罪に関する情報に基づき、国際刑事裁判所の検察官は、2007年、アフガニスタンの事態について予備調査を行っていることを公表し、2006年以降、アフガニスタンの事態について予備調査を進めてきた。つまり、検察官は、アフガニスタンの事態について、寄せられた情報に基づき、自発的に捜査に着手しようとしてきた。そして、検察官の自発的な捜査については、国際刑事裁判所規程第15条3項の下での検察官の請求に基づいて、同条4項の下、予審裁判部が検察による捜査を進める合理的な基礎があるかどうか、事件が裁判所の管轄権内にあるかどうかを審査し、許可する仕組みとなっている。

国際刑事裁判所の検察官は、2017年11月20日、国際刑事裁判所規程第15条3項にしたがって、自己の発意に基づき捜査を開始すべく、捜査に係る許可を予審裁判部に請求した。捜査開始の請求には、締約国アフガニスタンにおける犯罪の行われた合理的な基礎があるとして、タリバンなどの反政府組織による人道に対する犯罪、戦争犯罪、アフガニスタン治安部隊、アフガニスタン国家保安局、アフガニスタン国家警察による戦争犯罪、米軍とアメリカの中央情報局による戦争犯罪といった情報が含まれていた。この捜査開始許可請求に対して、2019年4月12日に、国際刑事裁判所の第2予審裁判部が全員一致の決定を下し、管轄権(場所的管轄権、事項的管轄権)及び受理許容性(同一案件に対する関係国による訴訟手続の不存在)の要件は満たされるとした上で、アフガニスタンの事態の捜査が裁判の利益に資するものではないとして、捜査開始を不許可とした。

この決定は、予審裁判部が初めて「裁判の利益」を根拠に捜査開始を不許可とした事案となる。捜査開始の不許可の根拠となった「裁判の利益」は、国際刑事裁判所規程第53条1項(c)に表れており、第53条1項によれば、検察官は、捜査を開始するか否かを決定するに当たり、(a)国際刑事裁判所管轄権内の犯罪の行われたという合理的な基礎の存在、(b)受理許容性(同一案件に対する関係国による訴訟手続の不存在)、(c)犯罪の重大性及び被害者の利益を考慮してもなお捜査が裁判の利益に資するものではないと信ずるに足りる実質的な理由(の不存在)を検討することとなっている。一方で、この第53条1項は、検察官の有する捜査開始に係る広範な裁量行使の際の指針となり、他方で、規程第15条4項は、検察官の裁量に対する予審裁判部による司法審査を認めている。

今回、海外の国際刑事法研究者の間で主な争点となっているのが、規程第53条の文言である。規程第53条1項(c)は「(…)検察官は、捜査を開始するか否かを決定するに当たり、次の事項を検討する。(c)犯罪の重大性および被害者の利益を考慮してもなお捜査が裁判の利益に資するものでないと信ずるに足りる実質的な理由があるか否か。検察官は、手続を進める合理的な基礎がないと決定し、およびその決定が専ら(c)の規定に基づく場合には、予審裁判部に通知する」と規定し、第53条3項(b)は「予審裁判部は、手続を進めない旨の検察官の決定が専ら1(c)又は2(c)の規定に基づく場合には、職権によって当該決定を検討することができる(…)」と規定する。そこで、規程第53条1項や3項の解釈上、果たして、検察官が「裁判の利益」に基づき捜査を開始しない決定をしたとはいえない今回のような場合(「裁判の利益」について検察官が当然あると判断しているような場合)であっても、予審裁判部が検察官の捜査を許可・不許可するに当たり、「裁判の利益」の判断を行うことができるのかという問題である(肯定的意見と予審裁判部の権限踰越を示唆する否定的意見に分かれている)。

確かに、初めて、国際刑事裁判所検察官が自己の発意で捜査開始を決定したケニアの事態の捜査開始許可決定(2010年)において、国際刑事裁判所予審裁判部は、第53条3項(b)にしたがい、検察官が裁判の利益に基づいて捜査を進めない旨決定した場合にのみ、予審裁判部に「裁判の利益」に関する司法審査をする権限が生ずると示した(28ページ、第63段落)。「裁判の利益」に関して司法審査する権限を、検察官が裁判の利益に関し消極的判断を下した場合に限定するというケニアの事態の予審裁判部決定は、コートジボワールの事態に対する捜査開始許可決定(2011)の際も踏襲されていた(83-84ページ、第207段落)。ただ、比較的近年2016年のジョージアの事態に対する捜査開始許可決定や2017年のブルンジの事態の捜査開始許可決定では、予審裁判部は、検察官が捜査を開始することが裁判の利益に資さないと決定してはいないので、予審裁判部も裁判の利益が存在しないという実質的理由は存在しないと考えるというような言い方に変えており、若干の軌道修正を見て取れる。もう1つの法的争点は、規程第82条の下で、今回の決定に対する上訴が許可されるかどうかという問題であり、これも 両論となっており、検察局も今回の捜査開始不許可決定に対してすべての可能な法的救済を検討すると慎重に述べている

いずれにしても、今回の決定が裁判の利益に関する実質的な判断を行なった初めての決定であり、そこに、①犯罪と検察官の捜査開始許可申請の時間の隔たり(犯罪からあまりにも時間が経ち、証拠保全や証人からの証言を得ることが困難であること)、②検察局が協力を得ることが難しい状況、③関連の証拠や被疑者への現時点でのアクセスの可能性等が主な判断材料として挙げられた点などが特に注目される(29ページ、第91段落)。また、近年、締約国により、国際刑事裁判所の効率化や実効性の強化が叫ばれる中で、予審裁判部が、自己の捜査開始許可の権限を、裁判所の限られた資源の分配の視点から行使し(30-31ページ、第95段)、検察官にとって勝算の高い事案に集中させるという判断をした点についても注目され、この点を肯定的に見る向きもある。

ただし、2019年3月15日にポンペオ米国務長官が、米国民に対する国際刑事裁判所の捜査に直接責任を有する個人に対して米国入国の査証(ビザ)の制限を課す措置をとると表明しており、今回の予審裁判部の決定が米国の政治的圧力に影響されたものではないかとの見方もある。米国大統領はこの決定を歓迎する声明を出した。今回の第2予審裁判部の捜査開始の不許可決定は、以上の通り注目すべき点の多い決定であり、本決定に対しては、今後、さらなる議論と法的分析が期待される。

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© Hitomi Takemura